人気漫画『チ。―地球の運動について―』でみる達成目標理論のメカニズムと実践法

「勉強のやる気はある。でも、なぜか続かない」
「目標は立てたのに、いつの間にかモチベーションが切れてしまう」

こうした悩みは、意志が弱いからでも、能力が低いからでもありません。
実はその“努力が続かない原因”は、「目標の立て方」にあるかもしれません。

人はどんな目標を持つかによって、感じるモチベーションの質も、行動の持続力も、学びの深さも大きく変わります。
このことを明らかにしたのが、心理学の理論である達成目標理論(Achievement Goal Theory)です。

本記事では、

  • なぜ目標の違いで行動が変わるのか?
  • どんな目標を持てば努力は続くのか?

などを人気漫画『チ。―地球の運動について―』を交えながら解説していきます。

目次

達成目標理論とは

努力が続く人と、すぐ挫折してしまう人の違いは、目標の“中身”にある。

この前提に立ち、「人はなぜ困難な目標達成のために努力するのか/学ぶのか」を心理学的に明らかにしたのが、**達成目標理論(Achievement Goal Theory)**です。

この理論では、目標の質を次の2つの観点から整理します。


目標の性質(何のために努力するのか)

種類説明
熟達目標(マスタリー・ゴール)「できるようになりたい」「理解したい」など、学習そのものへの関心に基づく「この問題の意味を理解したい」
遂行目標(パフォーマンス・ゴール)「他人より優れていたい」「劣っていると思われたくない」など、他者との比較や評価に基づく「クラスで1番になりたい」「失敗したくない」

関与の質(結果をどう意味づけるか)

種類説明行動傾向
課題関与(Task Involvement)結果を努力や工夫の反映と捉えるわからなくても取り組み続ける/助けを求める
自我関与(Ego Involvement)結果を能力そのものの証明と捉える失敗を避ける/挑戦から逃げる/隠す

この2軸を組み合わせることで、人の学習行動は3つの主要タイプに分類されます。


4タイプの組み合わせとその特徴

この目標の性質×関与の質で、大きく4つの目標タイプに大別することができます。そして、どの目標タイプか次第で行動や成果は大きく変わってきます。

最も良いとされるタイプは熟達目標志向であり、基本的に良い目標は「熟達目標志向性になる目標」と言い換えることができます。

志向熟達目標(成長ベース)遂行目標(他者比較ベース)
接近志向熟達接近目標(理解したい、できるようになりたい)遂行接近目標(1位になりたい、褒められたい)
回避志向熟達回避目標(できない自分になりたくない、未熟さが怖い)遂行回避目標(恥をかきたくない、バカにされたくない)
タイプ特徴モチベーション源行動パターン感情
熟達接近理解・成長したい知的好奇心・意味継続的な挑戦・復習ポジティブで安定
熟達回避未熟な自分を避けたい完璧主義・不安強迫的学習・自己否定的努力不安・緊張
遂行接近他者より上に立ちたい承認欲求表面的な成果志向不安定な自信
遂行回避他者に劣るのが怖い恥・恐怖挑戦回避・隠れる無気力・学習性無力感

4タイプの差が生まれるメカニズム

最も成果が出やすい状態は「やる気」があって「他者に援助要請」ができる状態です。
本人に行動をするだけのやる気があることはもちろんですが、多くの場合1人の力で何かを成し遂げるのはかなりの困難があり、助けを求めるということも非常に重要な要素です。

では、熟達接近目標志向とそれ以外の志向の決定的な違いは何でしょうか?それは以下の表に沿って考えると「目標志向」と「将来への期待」です。

まず、やはり他者の目を気にしてしまうような「遂行目標志向」ですと、熟達目標志向にはなれません。
また、熟達接近目標志向であるためには学習を無意味に感じないための将来への期待が必要です。

タイプ目標指向動機方向過去の認知将来への期待やる気他者に援助要請行動の特徴
熟達接近志向熟達接近◎/×継続力・復習・柔軟性あり
熟達回避志向熟達回避×◎/×◎/××完璧主義・強迫的・失敗を恐れる
遂行接近志向遂行接近◎/×◎/××やる気はあるが崩れやすい/比較依存
遂行回避志向遂行回避××××無気力・回避・助けを求められない

◎=明確に肯定的/行動が増える

◎/×=個人や状況により異なる

×=否定的/行動が阻害されやすい

なぜ「熟達目標接近志向」が理想的なのか?

成績が伸びるからではない。“伸び続ける力”が育つから。

モチベーションが内発的(外部評価に依存しない)

「できるようになりたい」「理解したい」という気持ちは、誰かの期待や評価がなくても持続します。

失敗をポジティブに意味づけられる

間違えた=ダメではなく、「どこで学べるかが見えた!」と捉えられます。

自ら質問・修正・復習できる

できない自分を隠さずに行動できるため、粘り強さと柔軟性が育ちます。

知識が“使える”かたちで定着する

理解を目的とするため、暗記でなく応用力や論理的な思考力が鍛えられます。

【ネタバレ注意】『チ。』のキャラクターたちの熱狂は、達成目標理論でも説明できる

漫画『チ。―地球の運動について―』(魚豊)は、「地動説」の研究を異端とする迫害に苦しみながらも、それに負けず真理の探求へ人生を懸ける人々の姿を描いた作品です。
作中の人物たちは、外的な評価や報酬のためではなく、「世界を理解したい」という欲求に突き動かされています。
この“動機の質”は、達成目標理論でいうところの**「熟達目標 × 課題関与」**の最も純粋な形です。

TVアニメ「チ。 ―地球の運動について―」公式

若き天才作家、魚豊が世に放つ、地動説を証明することに自らの信念と命を懸けた者たちの物語。制作マッドハウス、出演は坂本真綾、津田健次郎、速水奨等。


登場人物たちが学び続けた理由は「理解したいから」

彼らにとって、知識とは「誰かに勝つための武器」でも「世間からの評価を得るための道具」でもありません。
そうではなく、「世界をどうしても理解したい」「真理に近づきたい」という、内発的で純粋な欲求に突き動かされていたのです。

この姿勢は、達成目標理論における「熟達目標 × 課題関与」の最も純度の高い形です。


バデーニの行動は「目標志向性」が生んだ

作中で印象的なのが、バデーニという人物の変化です。
物語の序盤、彼は自身の知識をひけらかし、自身は特別であり他人よりも優れていたいという遂行接近目標志向に近い動機で行動しています。
しかし物語が進むにつれ、彼は「真理そのもの」に魅せられ、知りたいから知る/理解したいから調べるという彼が本来持っていた姿勢へと徐々に顕在化してきます。

その結果、彼の知を探究するための行動は明らかに増し、独善的な行動はやや減り、他者と比較していたときよりも、深く・没入的に学び熱狂するようになります。
研究に関する資料を残そうとしなかった姿勢が、いつの間にか変化していたのはまさにその証拠でしょう。

この変化は、まさに目標の質の転換=遂行接近から熟達接近目標への移行であり、
達成目標理論が指し示す「学びが持続し、深くなる動機構造」を生きた形で描いているのです。

オクジーの行動は「期待」が生んだ

また、バデーニの相方だったオクジーの変化も印象的です。
彼の口癖は「早く天国に行きたい」。
知的好奇心はあるものの超ネガティブ思考で「期待したら裏切られるのがオチ、これが俺の信条です」といってしまう程の状態でした。
その状態ゆえに彼もまた、遂行接近目標志向に近い動機で行動しています。

しかし、彼もまた研究を通して変化をしていきました。
天文の勉強を通して「感動」を覚え「意味」を見出し、絶望の象徴だった地球に「期待する」ことが次第にできるようになったのです。

バデーニもオクジーも少しプロセスは異なりますが、他者の目を気にするような目標志向から、「世界をどうしても理解したい」「真理に近づきたい」という、内発的で純粋な欲求で動く形に変化していきました。


「目標が変わると、人間は変わる」というリアルな形

『チ。』の登場人物たちが教えてくれるのは、
「目標の質が変われば、意欲も行動も人格すら変わりうる」という事実です。

彼らは、結果や他者評価から自由になり、
「なぜそうなるのか?」「それが真実ならどう証明できるのか?」という問いに惹かれることで、
人としての在り方そのものが変化していきます。

これは、単なる物語上の演出ではなく、達成目標理論が裏付けるモチベーション変容のプロセスと一致します。

出典:『チ。―地球の運動について―』魚豊/小学館
※本作はフィクションであり、本記事の解釈は筆者による教育目的のものであり、あくまでも1つの解釈となります。

なぜ人は「回避型」になってしまうのか?

遂行目標 × 自我関与

この組み合わせは、「できない自分を見せたくない」「恥をかきたくない」といった不安に支配された状態です。

本来は学びたい気持ちがあっても、「失敗=自己否定」と無意識に捉えてしまい、挑戦や質問を避ける行動へとつながります。
その背景には、以下のような心理的・環境的な要因があります。


原因①:固定的知能観(知能は変わらないという思い込み)

「頭の良し悪しは才能で決まる」という思い込みがあると、できないことは「自分に能力がない証拠」だと感じてしまいます。
このとき、人は努力すること自体に意味を見出せなくなります。

さらに、人間には現状維持バイアスという認知のクセがあります。
たとえ「変わりたい」と思っていても、無意識のレベルでは現状を保とうとする心理が働き、「挑戦=リスク」として避けがちになります。


原因②:成功体験の欠如(学習性無力感)

過去に「頑張ったのにうまくいかなかった」経験が重なると、脳は「やってもムダ」という学習をしてしまいます。
この状態を学習性無力感といい、自己効力感が著しく低下します。

特に小中学生の時期に、努力が正しく認知・評価されなかった経験があると、長期的な行動の継続を難しくします。


原因③:外的評価環境(過剰な順位づけ・期待)

「失敗=価値の否定」「質問=恥」という文化や環境の中で育つと、
間違えること自体が恐怖となり、行動が極端に消極的になります。

たとえば、以下のような状況がこの傾向を助長します:

  • テストや成績で頻繁に比較される環境
  • 期待の重い親や先生からの評価プレッシャー
  • 「できて当たり前」とされる空気

このような外的圧力が強いと、「恥をかかないこと」が最優先の目標となり、学びそのものへの関心が後退してしまいます。

熟達目標 × 自我関与

このタイプは、「完璧に理解できない自分が許せない」「成長できないことが怖い」という内面の不安に突き動かされます。

他人からの評価というよりは、**「理想の自分像とのギャップ」に強いストレスを感じるのが特徴です。
一見まじめで努力家に見えるものの、実は
「未熟であることを異常に恐れる」**という心理が、行動を制限してしまうのです。


原因①:完璧主義傾向(理想像に対する過剰な執着)

  • 「100%理解できなければ意味がない」
  • 「1問でもミスしたら自分の価値が下がる」

といった思考に陥ることが多く、挑戦よりも「失敗しない安全な道」を選びがちです。
完璧でなければならないという思い込みが、柔軟な学びを阻みます。


原因②:成功体験しか知らない(失敗耐性の欠如)

常にうまくいってきた“優等生”タイプに多く見られます。
失敗経験が少ないと、「もし失敗したらどうなるのか」という不安が強くなり、未知の挑戦を回避するようになります。

努力はするものの、「絶対に失敗したくない」という気持ちが強すぎるため、自己評価が非常に不安定になります。


原因③:内面化された理想像(「こうあるべき」思考)

  • 「もっとできて当然」
  • 「あの人はもっとすごい」

というような、他人の期待や社会的理想像を内面化しているケースも多く、
「まだ足りない」「もっと頑張らなきゃ」というプレッシャーを自分で自分にかけ続けてしまいます。

これは「他者評価に敏感」なのではなく、自分自身の価値観の中で自分を裁いてしまうという、より内向的な自己否定の構造です。

なぜ人は「遂行接近型」になってしまうのか?

遂行目標 × 課題関与

このタイプは、「勝ちたい」「評価されたい」という動機に突き動かされて努力する状態です

一見モチベーションが高く、行動力もあるように見えますが、
その土台が**「他者との比較」や「承認への依存」**であるため、結果が出ないと急速に自信を失いやすいという特徴を持ちます。


原因①:幼少期の賞賛依存(褒められることが動機の中心)

子どものころに「褒められればOK」「成果を出せば認められる」と強く学習した場合、
行動の軸が**「外からどう評価されるか」**になりがちです。

これは一見ポジティブな学習に見えますが、
「評価されなければ価値がない」という危うい信念につながりやすく、
達成動機が「自分の好奇心」ではなく「他人の目」に依存したものになります。


原因②:相対評価に慣れすぎた環境

受験、順位、偏差値など、比較されることが当たり前の環境で育った場合、
目標の基準が「他者との相対的な位置」になりやすくなります。

その結果、「勝つ」「目立つ」「1位になる」といった遂行接近目標に自然と向かいやすく、
「理解したい」「できるようになりたい」といった内発的な動機が育ちにくくなります


原因③:自信の高さが支えになっている(が、それが崩れると脆い)

遂行接近型の人は、一定の能力や実績を持っていることが多く、自信も高めです。
しかし、その自信は「勝てている間」や「評価されている間」にのみ支えられているため、
ひとたび挫折や失敗を経験すると回避型に転落しやすいという傾向があります。

遂行接近型は、「やる気はあるが、成果と評価に強く依存している」状態です。
高い行動力を持つ反面、その動機は外発的で不安定。
「勝てないならやる意味がない」「評価されないなら意味がない」と感じやすく、
学びそのものの楽しさや意味を見失いやすいのが特徴です。


熟達接近目標に切り替える方法

方法ポイント具体アクション
① 知能は変化するという信念(成長的知能観)を持つ「できない」は能力の証明ではなく、可能性のしるし「まだできないだけ」と捉える習慣
② 目標を絶対評価化する比較ではなく、自分の理解を基準にする「〇〇ができるようになる」などの行動目標に変換
③ フィードバック=学びの道しるべミス=成長チャンス間違いノート/つまずきメモの活用
④ 小さな「できた」を記録する達成感を自覚することでモチベーションが維持される「今日の成長ログ」をつける(例:わかったこと3つ)
⑤ 質問・復習・助けを求める行動を“戦略”と定義する恥ではなく、賢さの証「質問できる=頭がいい」と言語枠組みを変える

具体的な熟達接近目標一覧(科目別)

◆ 国語(思考と言語の構造に惹かれる/伝える力を磨きたい)

動機熟達目標の例
作家になりたい/表現力を高めたい・言葉の選び方や語順の違いで印象がどう変わるかを説明できるようになる
・感情や思想を、論理と感性のバランスで書けるようになる
世の中の構造を読み解きたい・評論文の論理展開(因果・対比・抽象化)を図式化して説明できるようになる
・筆者の立場や意図を推測できるようになる
プレゼン・スピーチが上手くなりたい・相手の理解度に応じて言い換えたり補足できる力をつける
・意見の「理由→具体→再主張」の型を使って自分の主張を構成できるようになる

◆ 数学(論理の美しさ/未来の職業スキル/問題解決への快感)

動機熟達目標の例
プログラマー・エンジニアになりたい・条件と変数の関係を論理的に分解して、図や式で整理できるようになる
・「なぜこの公式が使えるのか」を言語化できるようになる
数学の美しさに惹かれる・異なる解法を比較し、「なぜこっちの方が洗練されているか」まで語れるようになる
・問題のパターンや背後にある構造を抽象化できるようになる
解けた時のスッキリ感が好き・問題文から“論点”を抽出し、解く前に戦略を立てられるようになる
・ミスの原因を自分で分析して修正できるようになる

◆ 英語(異文化への興味/国際交流/表現ツールとしての英語)

動機熟達目標の例
海外で働きたい/旅行したい・日常英会話の基本構文を、型として自然に使えるようになる
・日本語訳に頼らず、英語の語順・構造で意味をつかめるようになる
映画・音楽・文化が好き・好きな英語の歌詞やセリフを文法・語彙レベルで「なぜそう言うのか」説明できるようになる
・英文の語感やニュアンスを想像して楽しめるようになる
英語で自分の意見を発信したい・自分の考えを英語で構成(意見・理由・事例)して発信できるようになる
・多義語や熟語の意味を文脈から推測できるようになる

◆ 理科(自然のしくみへの好奇心/医療・技術・環境分野への関心)

動機熟達目標の例
医療・看護・薬学系を目指したい・人体や物質の働きについて、原因と結果のつながりで説明できるようになる
・重要な用語を“記号”ではなく“仕組み”として理解できるようになる
宇宙・自然・生命への好奇心・天体や進化、気象などのしくみを「なぜ?」で深掘りできるようになる
・理科の知識を、現実の現象と結びつけて語れるようになる
テクノロジーや発明が好き・物理現象を「力のバランス」「エネルギー変換」などの概念で整理できるようになる
・実験の意味や限界も含めて“なぜこうなるのか”を問えるようになる

◆ 社会(人間・社会・世界への関心/歴史の必然性/今を読み解く力)

動機熟達目標の例
歴史のロマンや因果が好き・一つの出来事が他にどう影響したかを「因果マップ」で整理できるようになる
・時代背景や思想が制度・戦争・文化にどう影響したかを語れるようになる
社会問題やニュースに興味がある・現代のニュースと過去の出来事をつなげて説明できるようになる
・制度や法律の仕組みを「なぜその形か」から理解できるようになる
国際情勢や外交・経済に関心がある・各国の地理・資源・宗教などを複合的に見て、国際関係の背景を分析できるようになる
・グラフや資料から読み取れる事実をもとに考察できるようになる

まとめ:「頑張る理由」ではなく、「どう頑張るか」を変える

人はみな、努力したいという気持ちを持っています。
でも、それが「勝ちたいから」なのか「怒られたくないから」なのか、「もっと理解したいから」なのかで、未来は全く変わります。

目標の“中身”を変えれば、自信の“質”が向上します。
自信の質が変われば、行動と成果が増えます。
そして、行動が変われば、自分の見える世界が変わるのです。

ここまで、達成目標理論について、「チ。」の例を交えながら解説してきました。

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