受験生のためのマズローの欲求5段階説― 日本の現実と、自分を理解するヒント ―

目次
はじめに:受験に「心の構造図」は必要か?
「やる気が出ない…」「将来が不安…」「なんのために勉強しているのか分からない」
受験勉強をしていると、こうしたモヤモヤに直面する瞬間が必ず訪れます。
どれだけ参考書を解いても、心の奥底の不安や焦りは消えず、やる気の炎が消えかける――そんな経験はありませんか?
こうした“心の動き”を理解するための理論の一つが、「マズローの欲求5段階説」です。
これは、人間の欲求を5つの段階に分け、それぞれがどのように階層的に積み重なっているかを示した心理学の理論です。
この記事では、マズローの理論をベースに、「なぜ受験勉強がしんどいのか」「どこに自分の不調の根っこがあるのか」「どうすればより前向きに進めるのか」を、日本社会の現状と照らし合わせながら深く掘り下げていきます。
マズローの欲求5段階説とは?
マズローの欲求段階説は、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した理論です。彼は人間の欲求を5つの階層に分類し、下から順に満たされることで、上の段階の欲求が生まれると考えました。
その階層は以下の通りです:
- 生理的欲求(Physiological Needs)
→ 食事、睡眠、健康など、生きるための基本的な欲求 - 安全欲求(Safety Needs)
→ 安心して暮らせる環境、健康・治安・経済的安定など - 所属と愛の欲求(Love and Belonging)
→ 仲間や友人とのつながり、家族の一体感、愛情の実感 - 承認欲求(Esteem Needs)
→ 他者からの評価、自尊心、達成感、プライド - 自己実現欲求(Self-Actualization Needs)
→ 自分の可能性を最大限に発揮すること、自分らしく生きること
この理論は、単なる「モチベーション理論」ではなく、「人がどうすれば健やかに成長できるか」という指針を与えてくれるものです。
日本における「欲求」の現状
日本社会は、世界でも有数の「物質的に豊かな国」です。そのため、下位の欲求は概ね満たされているように見えますが、実はマズローの階層の中でも上位の欲求――とりわけ人間関係や自己肯定感に関する部分に、深刻な歪みが生まれています。
以下、日本社会の状況を段階ごとに確認していきましょう。
生理的欲求・安全欲求:すでに「当然」となった基盤
日本の受験生のほとんどは、日々食べるものがあり、眠る場所があり、災害や戦争に怯えることなく暮らしています。
世界には、学校に通うことすらままならない子どもたちが多数いる中で、「勉強に集中できる環境」があること自体が非常に恵まれた状態だと言えます。
しかしこの「基盤」が当たり前になると、感謝の気持ちを持ちづらくなり、満たされていることの実感が薄れます。
所属と愛の欲求:見えない孤独が支配する社会
次に問題になるのが「所属と愛の欲求」です。
ここで求められるのは、「自分が誰かに必要とされている」「自分の居場所がある」という感覚です。
ところが日本では、学校内でも家庭内でも「関係性の断絶」が目立ちます。
- SNS上での“つながり”はあるが、本音を話せる友達がいない
- 家族と会話はあるが、安心して自分の弱さを見せられない
- 部活動やクラスでも、上下関係や同調圧力に気を遣う日々
実際、OECDのデータでも**日本の10代は「孤独感」「所属感の欠如」**が非常に高い水準であることが示されています。
承認欲求:自己否定が強い文化の中で
本来、承認欲求とは「他者から認められたい」という他者承認と、「自分自身を認めたい」という自己承認の2つに分かれます。
日本はこの両方において、満たされづらい社会構造になっています。
他者承認:
- 学校の評価基準が“テストの点”や“偏差値”に偏りすぎている
- 他人と比べられ続ける構造(内申、模試の順位など)
自己承認:
- 成績が悪ければ「自分には価値がない」と感じてしまう
- 謙遜文化や空気を読む文化により「自分を誇ること」が抑圧される
- 「成功しても、たまたま」「失敗すれば、自分のせい」と自己否定に傾く
実際、日本の若者は自己肯定感の低さが先進国の中でも際立っています。
自己実現欲求:「本当のやりたいこと」に向き合えない
最上位にある「自己実現欲求」は、「自分らしく生きる」「持てる才能や可能性を最大限に発揮する」ことです。
ここで問われるのは、**“自分はどう生きたいのか?”**という問いです。
ところがこの段階に達する前に、以下のような課題でつまずく受験生が少なくありません:
- 自分に「何が向いているか分からない」
- 夢を持っても「そんなの無理」と諦める
- 周囲の期待や偏差値に従い、「自分の意思」を殺す
この背景には、「自己効力感(=自分ならできるという信念)」の低さがあります。
実際、日本の学生は他国と比べて自己効力感が著しく低いという研究も多くあります。
受験生が意識すべき「3つの視点」
このように、日本における欲求の階層には“歪み”があることが分かります。
では、受験生がこの中で健やかに進んでいくためには、どのような視点を持つべきなのでしょうか?
ここでは3つの観点を紹介します。
「満たされていない段階」に自覚的になる
例えば、「やる気が出ない」とき、それは単なる“根性不足”ではなく、「所属感」や「自己肯定感」が満たされていないからかもしれません。
- 孤独を感じている
- 自分に価値があると思えない
- 将来がぼんやりして不安…
こうした感情があると、勉強のモチベーションは自然と下がります。
自分の“満たされていない階層”を自覚し、そのケアを優先することが、結果的に上位の欲求=学習や成長にもつながっていきます。
「自分にしかない価値」を小さく見つける
日本では、「他人に勝つこと」「平均以上であること」が承認の基準になりがちです。
ですが、本当の承認欲求の充足は、「自分なりにできた」「前より少し進んだ」といった**“自己基準の成長”**から生まれます。
- 前より集中できた
- 苦手だった英語の長文が少し読めた
- 今回は自分から質問できた
このような“小さな成長”を自分で認めてあげる力を育てていきましょう。
「自己実現」は特別なことではない
「自己実現」という言葉には、「天才だけがたどり着ける」というイメージがあるかもしれません。
ですが実際は、自分のやりたいことに少しでも時間を使ったり、自分らしい問いを立てたりすることも、立派な“自己実現”です。
- ノートの取り方を工夫する
- 将来の選択肢を調べてみる
- 誰にも言ってない夢を心に抱く
これらも、自己実現の一部なのです。
まとめ:心の欲求を、学びの力に変える
受験勉強とは、単なる「知識詰め込み」ではなく、“自分という存在”との向き合いです。
マズローの欲求段階説は、「なぜ今こんな気持ちになるのか?」「どうすればもう一歩進めるのか?」という“心の地図”を与えてくれます。
- 「満たされていない欲求」に気づき
- 「小さな承認」を日々積み重ね
- 「自己実現」を自分なりに再定義する
そのプロセスこそが、受験を「単なる勝負」ではなく、「人生のトレーニング」に変えていくのです。
受験とは、あなたが自分を理解し、自分を育てていく旅なのです。