「できるかも」が偏差値を5上げる?—受験生のための自己効力感理論ガイド

目次
はじめに:なぜ「自信」が受験のカギになるのか
受験勉強に取り組む中で、こんな経験はありませんか?
- 同じくらいの学力の友達なのに、なぜか成績に差がついている
- 模試の前はやる気があるのに、いざ本番になると手が動かない
- 「できる気がしない」と思った瞬間に集中が切れてしまう
これらの背景には、自己効力感(self-efficacy)という心理的な要因が関係しているかもしれません。
自己効力感とは、「自分にはこの課題を達成できる」という信念のこと。
アメリカの心理学者アルバート・バンデューラによって提唱され、勉強・スポーツ・ビジネスなどあらゆる分野でパフォーマンスの差を生む重要な要素として知られています。
本記事では、自己効力感の理論を丁寧に解説しながら、受験勉強にどう活かせるかを具体的に紹介していきます。
自己効力感とは何か?—4つの源から理解する
自己効力感とは、単なる自信とは異なります。
- 単なる「性格的な自信」ではなく、特定の行動に対する実行可能性の信念
- つまり、「私は英語長文が読める」「この計画なら1日4時間勉強できる」など、具体的な課題や文脈に対して抱く信念のことです。
バンデューラは、自己効力感の源泉を以下の4つに分類しました。
達成経験(Mastery Experiences)
最も強力な源です。
「やったらできた」という経験が、自分の可能性を裏付けてくれます。
例:
- 単語帳を1周したら模試で点数が上がった
- 苦手だった数学の問題集を解き切った
成功体験は、「自分にはやればできる力がある」という確信をつくり出します。
代理経験(Vicarious Experiences)
他人の成功を見て「自分もできそう」と感じること。
例:
- 似た学力のクラスメイトが合格した
- SNSで「同じ偏差値から逆転合格した人」の体験談を読んだ
モデルとなる人の成功体験は、自分の限界を再定義するきっかけになります。
言語的説得(Verbal Persuasion)
他人からの励ましやフィードバック。
例:
- 塾の先生に「君なら合格できる」と言われた
- 親や友人に「努力を見てるよ」と言われた
信頼できる他者からのポジティブな言葉は、自己効力感を高めるトリガーになります。
生理的・情緒的状態(Physiological and Emotional States)
緊張、不安、疲労などの身体的・感情的な状態も影響します。
例:
- 試験前に心臓がバクバクする → 「やっぱり自分には無理だ」
- 疲れや寝不足で集中できない → 「こんな自分じゃ戦えない」
逆にリラックスした状態での成功体験は、自己効力感を育てる好機となります。
自己効力感が学力や合否に与える影響とは?
自己効力感の高さは、学力にどのような影響を与えるのでしょうか?
研究によると、以下の4つの側面で明確な差が出ます。
モチベーションの持続
自己効力感が高い生徒は、「やっても無駄」とは思わないため、困難な課題にも粘り強く取り組みます。
一方で、低いと「どうせ自分にはできない」と感じ、途中で諦めがちです。
計画力と行動力
「やればできる」と思えるからこそ、実行可能な計画を立てることができます。
逆に、「どうせ無理」と思っていると、現実離れした理想論や、そもそも計画を立てないという傾向に。
ストレスの対処力
受験ではストレスは避けられません。
自己効力感が高いと、困難を「乗り越えるべき壁」ととらえられますが、低いと「打ちのめす敵」として感じやすくなります。
受験結果に差が出る
最終的に、模試の点数や合否そのものにも影響を与えることが研究から示されています(Zimmerman, 2000など)。
自己効力感が成績に与える“実際の効果量”とは?
心理学のメタ分析(Multon et al., 1991)では、自己効力感が学業成績に与える影響は Cohen’s d = 0.41〜0.7 と報告されています。これは、自己効力感が高いだけで、偏差値にしておよそ5〜7ポイント相当の違いが生まれる可能性があるという意味です。
「偏差値5〜7ポイント相当の差」は、自己効力感の高さによって学力成果に生じうる効果量(Cohen's d ≒ 0.5〜0.7)を、偏差値スケール(標準偏差10)に置き換えて推定したものです。
注意:これは因果関係ではなく、統計的な相関に基づいた推定です。
効果量の「5〜7ポイント相当」というのは、心理学における標準偏差(SD = 10)を基準にした理論的な目安であり、すべての受験生にそのまま当てはまるわけではありません。つまり「自己効力感が高ければ必ず偏差値が上がる」というわけではなく、同じ学力レベルでも、自己効力感が高い人のほうが努力を継続しやすく、結果的に成績も向上しやすいという傾向が見られる、ということです。また、自己効力感が高い人に共通する別の要因が成績に影響を与えている可能性も否定できません(疑似相関)。
とはいえ、「どうせ無理」と思って何もしないのと、「やればできる」と思って行動するのでは、結果が大きく変わるのは間違いありません。
だからこそ、自己効力感は“受験勉強における最重要メンタル資産”といえるのです。
自己効力感を高めるための5つの具体的アプローチ
ここからは、受験生が実際に自己効力感を高めるための方法を紹介します。
ただし、最初に重要な前提をお伝えしておきます。
注意:自己受容感が低いままでは、逆効果になることも
自己効力感を高める前に、自分をありのままに受け入れる「自己受容感」がある程度備わっているかを確認してください。
「できない自分=ダメな自分」と思い込んでいる状態で無理に自信を持とうとすると、
うまくいかなかったときに強い自己否定や焦燥感を生み出すことがあります。
「できるようになってもいいし、今できなくても大丈夫」
そう思える土台の上に、自己効力感は育ちます。
小さな成功体験を積み上げる
- 1日30分の勉強を継続する
- 10問の問題を解き切る
- 簡単な英単語テストで満点を取る
「まずは達成できるレベルから始めて、できたことを自覚する」
これが最も基本的かつ効果的な方法です。
補足:自己効力感の敵は“ありきたりな目標”と“現状維持バイアス”
- 「毎日英単語30個覚える」などの目標が“できそうで退屈”だと、脳は飽きてしまいます。
- 逆に「偏差値を10上げる」などの曖昧で大きすぎる目標も、自信を削ぐ原因に。
- そして人間は「変わりたくない」という現状維持バイアスに無意識に支配されています。
だからこそ、「ほんの少しだけ挑戦的な目標」がベスト。
昨日の自分より“ちょっと先”を狙う設計が、成功の連鎖を作ります。
モデルを見つける
- 同じ志望校に合格した先輩の体験談を読む
- SNSやYouTubeで逆転合格ストーリーを見る
- 模試の成績が近い友達の努力の様子を観察する
身近な成功者の存在は、「自分にもできるかもしれない」と思わせてくれます。
⚠️ただし、「ロールモデルストレス」には注意
理想の先輩や成功者の姿を見たときに、
「自分はあそこまで頑張れない」「自分とは違う」と感じて、逆に落ち込んでしまうことがあります。
これはロールモデルストレスと呼ばれ、特に自己受容感が低いときに起こりやすい現象です。
大切なのは、相手を「競争相手」や「正解の象徴」としてではなく、
**「ヒントを与えてくれる存在」**として見ることです。
他者の言葉を受け取る練習をする
- 「よく頑張ってるね」と言われたら素直に受け取る
- 否定されたときも、必要以上に気にしない
- 自分で自分を褒める習慣を持つ(例:「今日は集中できた」)
言葉はただの音ではなく、「信念形成のきっかけ」になる力を持っています。
感情を整えるスキルを身につける
- 深呼吸、瞑想、軽い運動などでリラックス状態を作る
- 模試の前は音楽やルーティンで緊張を緩和する
- 睡眠と食事を整え、体調を保つ
感情は、自己効力感の「背景ノイズ」として大きく影響します。
自己効力感の「ログ」をつける
- 毎日の学習ログに「できたこと」「誇れること」を記録する
- 「今日はなぜ集中できたか」「なぜ失敗したか」を振り返る
- 月単位で「自分の変化」を記録し、成長を可視化する
自己効力感は、定点観測しないと自覚しづらいため、「記録」は効果的なツールになります。
自己効力感が低いとき、どうすればいい?
自己効力感が高まらないとき、無理にポジティブになろうとしても空回りします。
そんなときに意識すべき視点を紹介します。
「できる自分」と「できない自分」を分けて考える
できなかった経験は、あくまで「その時の自分」でしかありません。
未来の自分が同じとは限らない。
「一時的な失敗」と「本質的な無力感」を混同しないこと。
「できなかった原因」を具体的に分析する
たとえば:
- 集中できなかった → スマホ通知が原因だった
- 数学でミスした → 計算手順を飛ばしていた
これらを分解すれば、「対策可能な課題」だと気づけます。
自己効力感を「目的」にしない
自己効力感は「結果として高まるもの」であって、「ゴール」ではありません。
「できるようになるために、やる」→「やったらできた」→「自信がついた」
という順序を意識しましょう。
まとめ:受験は「自己効力感ゲーム」でもある
受験において、偏差値や知識量ももちろん重要です。
しかし、「最後まで戦い抜けるか」「計画を信じて継続できるか」は、自己効力感に大きく左右されます。
だからこそ、次のように考えてみてください。
- 「自分に合った小さな成功を積み重ねる」
- 「誰かの努力や言葉に勇気づけられる」
- 「感情の波をコントロールし、環境を整える」
こうした習慣をつくることが、本番で「自分を信じる力」を育てる一番の近道です。